HOME きょうだい構成で性格は変わるのか 成宮寛貴と弟の壮絶な人生

成宮寛貴と弟の壮絶な人生

成宮寛貴

成宮寛貴さんといえば、映画にドラマにバラエティにと引っ張りだこで幅広く活躍しています。順風満帆な人生を送ってきたように見えてしまいますが、実は彼には壮絶な過去がありました。成宮さんは母子家庭で育ち、14歳の時に母を亡くしています。それからは一人で弟を養ってきました。

壮絶な過去

成宮寛貴さんはもともと母子家庭で育ちました。幼少期に両親が離婚したため、母と6歳下の弟と三人で暮らしていました。他人とうまく折り合えない性格だった成宮さんは、いじめを受けることもあったようです。ですが、お母さんにここで負けたらおしまいよというようなことを言われ、学校には休まず通っていました。それから他人に合わせて過ごすようになります。

ですが、中学二年生の時、そのお母さんは他界してしまいます。その後は弟と祖母の家に移り住みますが、経済的に苦しく、成宮さんは高校進学をあきらめました。中学を卒業してからは、土木関係や引っ越し屋さんでバイトをしながら生計を立てていました。働きながら弟のお弁当を作ったりと頑張っていた成宮さんですが、限界が来たのか家出してしまい、それからは、新宿2丁目のゲイバーで働くことになります。その時に会った女優のかたせ梨乃に紹介されたことがきっかけで舞台のオーディションを受け、芸能界デビューしました。

しばらくして、成宮さんは家に帰りましたが、帰ってから弟が成宮さんに捨てられたと思い毎日泣いていたことを知ります。成宮さんはその様子を見て、弟が立派になるまで自分が育てることを決意しました。成宮さんの弟は大学院まで卒業し、現在は就職して結婚もしているそうです。中学を卒業したばかりのころから働き続け、弟を大学院まで出した成宮さん。まだ子供といってもいいくらいの年齢で、中卒という肩書で働くのは想像しがたい苦労があったと思われます。ですが苦労にも負けず、決意した通り弟を立派に育てあげました。

弟のことを一番に考えた成宮寛貴

成宮さんは中卒で働いていたため、学歴の大切さが身に染みてわかっていました。弟の大学受験の時、最初はレベルの高くない大学を選び受かっていました。しかし、成宮さんはその大学では弟が幸せになれないと考え、一浪させました。そして、弟は見事に東京理科大学に合格し、その後大学院まで卒業します。

成宮さんが芸能界デビューしたきっかけも、弟を支えるためでした。学歴が関係なく、ずっと続けられて、自分がそこにいる意味がある仕事を、と考えたときに芸能界はありかもしれないと思ったというようなことを語っています。成宮さんは引っ越し屋のバイトでも、新宿2丁目の仕事でも可愛がられていたそうですが、弟を養うためにはより給料の高い職場に行く必要がありました。いつでも自分より弟を優先して生きてきたようです。

弟からの声

成宮さんの過去が明かされた番組で、弟からの手紙が放送されました。手紙では、兄は父のように母のように、優しく、厳しく接してくれた。兄が当たり前のように自分の青春に代えて自分を育ててくれたことに感謝してもしきれない。と語られています。成宮さんはこれらの言葉を、涙を浮かべながら聞いていました。

青春を犠牲にして家族を支えてきた成宮さんですが、弟のおかげで強くなれたと語っています。弟を立派に育てるという目標があったからこそ、過酷な環境を乗り越えて成功できたのかもしれません。弟さんの方も、小学生の時に両親が二人ともいなくなり、とても苦労したと思いますが、成宮さんの期待に応えて優秀な大学と大学院を卒業しました。二人には過酷な生活を一緒に乗り越えてきた絆があるようです。