HOME きょうだい構成で性格は変わるのか ウォルト・ディズニーを支えた兄

ウォルト・ディズニーを支えた兄

ウォルト・ディズニー

ディズニーの大成功の裏には、ウォルトの兄、ロイの献身的な支えがありました。才能に溢れていたけれど、作品のためならお金を際限なく使うところがあったウォルトを、現実的な目線で支えたのがロイです。彼がいなかったら、ディズニーがここまで発展することはなかったはずです。

ディズニー兄弟

ウォルトは4歳の時、ミズーリ州にある田舎町マーセリーンに引っ越してきました。ウォルトはそこでたくさんの動物と一緒に過ごします。ディズニー映画にはたくさんの動物が出てきて、人間さながらに動きますが、それはウォルトが子供のころから動物を身近に感じて育ってきたからかもしれません。

ウォルトの家は大家族でした。両親と、3人の兄、1人の妹と7人で暮らしていました。兄は全部で3人いましたが、ウォルトと一番仲が良かったのはすぐ上の兄のロイでした。8歳離れている二人ですが、信頼が厚く、後に仕事でも協力し合うようになります。

ディズニー・ブラザーズ社

1923年、ウォルトが22歳でロイが30歳のときに、ハリウッドへ渡り、「ディズニー・ブラザーズ社」を立ち上げました。この時誕生したウサギのオズワルドは大人気で、会社は急成長しました。しかし、策略によってオズワルドの版権をユニバーサルピクチャーズに奪われ、ウォルトの作ったキャラクターだというのに、オズワルドを使うときは手数料を払うように言われました。拒否すると、働いていたアニメーターをすべて引き抜いてしまいました。このとき残ったのは兄のロイとわずかなスタッフだけでした。ウォルトはこの件で深く傷ついたと言います。ですが、このディズニー・ブラザーズ社が後のディズニー社になり、オズワルドは、風貌の似たミッキーへと生まれ変わりました。

ウォルトを支えた兄のロイ

ウォルトは素晴らしい創造力でディズニーを発展させましたが、ロイは会社を財政的に安定させた人物でした。彼がいなければ今日のディズニーはなかったと言われるほど、多大な貢献をしたのがロイです。それは小さい頃からでした。ウォルトが16歳になって鉄道の車内販売アルバイトをしようとしたとき、保証金の15ドルを出してくれました。また、会社を始めようとしたとき、海軍で結核にかかったとき貯めていた障害年金200ドルを貸してくれました。経済面での様々な壁をロイのおかげでウォルトは乗り越えてきたようです。

二人はよく喧嘩もしました。できる限りウォルトのアイデアに敬意を払い、創作に没頭できるように資金を工面してきたロイですが、財務面でどうしても無理だと判断すれば、反対していました。ですが、弟に畏敬の念を抱くロイが結局は折れることが多かったようです。ウォルトは、兄がいなかったら今の自分はなかったと語っています。そして、ロイの方も私は弟についていき、利益が出るように努力しただけだ。自分で経営していたら、事業を途中で諦めることになっただろう。ウォルトには粘り強さがあると褒め称えています。

1971年に、最初のディズニーワールドを建設している最中、考案したウォルトは肺がんのため亡くなりました。しかし、ロイは意気消沈する社員や厳しい財政に負けず、ディズニーワールドを完成させます。そして、その成功を見た後で引退しました。彼なしでは、ウォルトの死後にディズニーワールドを完成させることは難しかったと思われます。ディズニーワールドだけではなく今までの作品やパークも、ロイがいたからこそ、ウォルトの壮大な計画を実現できていたんだと思わされる出来事です

ウォルトがあれだけの作品を創れたのは、ロイがしっかりと財政を管理し、必要なお金を工面していたおかげだったようです。クリエイター気質のウォルトと、生粋のビジネスマンのロイが協力しあうことで、世界中の人に夢を与えながらも、ビジネスとして大成功したディズニー社が出来上がりました。